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徒然音楽日記(新) Saxophone - Yuki Yoshio

日々の活動の記録

初練習

(9月に投稿した、6月の記録)

6月19日。今年度初めて南稜高校へお邪魔してきました。
去年、こちらの高校の吹奏楽部の定期演奏会に向けてお手伝いをさせていただいて、それの繋がりが今年まで切れずに、今年も呼んで頂けました。
こんな浪人生の身でこんな事をしても良いものだったのか、吹奏楽コンクールの指揮をさせていただけることに。
最初にお話いただいた時はこんな身の人間がやっていい事なのかかなり戸惑った部分もあったのですが、やって後悔よりやらぬ後悔。
やるっきゃない。絶対楽しいし。と、結局最初の戸惑いのようなものはどこへやら、ありがたく即答で決めさせて頂きました。笑

超。久しぶりにみました2、3年生の顔。全然久しぶり感がないこのアットホームさは健在。
コンクールで指揮を立場上振れない、外部講師の先生と初めてご挨拶。優しい先生で。
顧問の先生とも改めてご挨拶。そういえば去年家族で旅行に行ったとき宿泊先の大浴場でバッタリ会いましたねw(身内トークを盛り上げる為に言いますとY先生に会いました。笑)

吹奏楽の指揮なんて、去年以来・・・。しっかりスコアを読んで準備してきたけれど、やっぱり難しい。
曲は、P・スパークの「ハンディンドン・セレブレーション」。おなじみの曲だけど、どう表現を突っ込ませていくか、すごい悩む事になりそうだ。(と当時思っていた)

6/15の本番

この日は友達のお母様が企画された、ピアノ連弾のコンサート。
それの、「まりもクラブ」(由来は不明・・・)のメンバーとして出演をさせていただきました。
木目調の天井の高い綺麗なホールで、響きがすごく良かったです。

演奏したのはボノーのワルツ形式によるカプリス、そして前記事で紹介させていただいた、
グレゴリー・ワナメーカーの「クラリネットとサクソフォンのためのデュオソナタ」。
大勢の人前で演奏するのは当時が初めてで、事故に事故を重ねながらの演奏ではありましたが楽しく演奏できました(笑)

DSC_0233.jpg
しっかり満席だったのもあって、良い演奏会だったなと思います。
温かい雰囲気の中で、ワナメーカーの様な現代の音楽を演奏したときに思ったのだけれども、
やはり演奏会は曲作りじゃなくて雰囲気作りからじゃないか?と思う部分があった。
自分自身これから楽器を続けていくにあたって、きっと難しい、いわゆる、現代音楽というものもきっと人前で演奏する事はきっとある(と信じたい・・・!)、と思うんだけれども、やっぱりなんだろうなー音楽が良くてもその人間同士のその場その場の心持ちというかなんかうまく言葉に言い表せないけど、そういう要素もやっぱりすごい大事なのではないかなあと思いました。
ワナメーカーはまた演奏するから、またがんばろう!!
ありがとうございました。

カプースチン「8つの演奏会用エチュード」の疑問ー調の関わり

ニコライ・カプースチン。
1937年生まれ。ロシアの作曲家。現在も存命中。
年代だけ見れば現代の音楽の作曲家と思われるかもしれないが、かなり調性とビートを意識していて、むしろクラシック音楽の中でも最も聴きやすい部類の音楽に当てはまるのでは無いだろうか。
作風の最大の特徴は彼が音楽大学在学中にもったジャズへの興味の影響を強く受けた、
まさにクラシックとジャズの融合といった独特の雰囲気を持つ。
また彼自身ピアニストとしても活動(自作自演レコーディングもたくさん存在する)しているため、
彼の書いたピアノ曲は技巧を要するものも多く、演奏効果も非常に高い。

サクソフォンのための曲としてはサクソフォン協奏曲op.50が挙げられるが今回取り上げるのは、
ピアノのための「8つの演奏会用練習曲」だ。

『題名の通り8曲から成り立ちC As e H D B Des fという調性構造が作品全体への統一感を生み出している。』

これ作曲者自身の説明だったんだけど、全然言ってること分からなかったから自分で考えてみた。
誰か正解知ってる人いたら教えて下さい(切実)
まずC-As-eって部分。これは多分調の三角関係。一見すると判りにくいけど、並び替えてみると一目瞭然。
C-e-As。こうすると格調の音程関係が全て長3度でしょ?多分このみっつはその繋がり。
和音の三角関係というのは黄色い楽典とかは
順番前後するけれど、2番と8番は主題的な関係性が深いので多分平行調でつながってるのかも。
アタッカで繋がってる4番5番はDdurから見た平行調の同主調だし、
7番8番もDesdurからみた属調の平行調ってことで、こいつらは両方とも近親調。
C Des D e f As B h ・・・高さ順に並べてみたけどダメか・・・えー何だろう?分からんなあ・・・。誰か分かる人教えて下さい(2度目)

ワナメーカー「デュオソナタ」

今週末は、お友達の本番にちゃっかり出演させて頂きます。
演奏する曲は、ソロで無伴奏の曲を1つ。
そしてアンサンブルで1つ。
グレゴリー・ワナメーカーという方が作曲した「デュオソナタ」を演奏します。
クラリネットとアルトサックスデュオの作品です。
ワナメーカーはアメリカの作曲家で今もお元気です。
デュオソナタを演奏すると決まってから、作曲者に直接コンタクトを取り楽譜を送っていただきました。
2002年に作曲されたこの曲は4楽章の形式からなり、副題は以下のようになっております。
1.Deperture 出発
2.elegy 哀歌
3.scherzo 戯曲
4.Arrival(Blues) 到着

1楽章ーアレグロ(自分で勝手に速さと副題を名付けてますこれ)
2本の楽器のユニゾンから曲は始まり、同じフレーズを追いかけたり、追い越したり、
「計算されたズレ」の表現が緊張感を高めているスピード感ある楽章。
調性は一貫して無いと言えそうだが、強いて言えばAmoll(実音)だろうか。
ただ、調性を曖昧にさせる要素である4度、7度の音程も大いに盛り込まれているし、
それによって出来る、濁りの調和が魅力。

2楽章ーゆっくり
教会旋法によるチャント。
1楽章とは打って変わって調性が明確になり、協和音程の静かで美しい響きが曲全体を哀しく、支配する。
支配された中でも、段々と音域が上がって、それでも何も出来ないような儚さやもどかしさに、魅力を見出すことの出来る美しい楽章だ。

3楽章ー中庸な速さのスケルツォ
1分半ほどではあるが、単純なオスティナートが曲を徐々に盛り上げ、盛り上がったかと思えばすぐに減衰する。
キーの打撃音という拡張された奏法を使って、ppよりも小さな音の表現への試みがある。

4楽章ーブルース
今までとは全く違うリズム音型のサックスから曲は始まる。
全くバラバラに散りばめられたパズルのピースを1つ1つ当てはめて、音を紡ぎ出していく楽章。
クラシック離れした響き、奏法がふんだんに盛り込まれており、クラリネットはグリッサンド、サクソフォンは重音、スラップタンギング等の難しい技術も所々に。
1楽章と同じように、全く同じフレーズを敢えてずらす「計算されたズレ」を意図的に生み出したりしている部分もあり、そこに作品全体への統一感を感じることが出来る。
最後の最後にはポリリズムにポリリズムを重ねた圧巻の部分もあり、迫力聴き応え共に素晴らしい作品だ。



ってまあ偉そうな曲目解説書いてみたんだけどこの特殊奏法系が本当にヤバイ。難しすぎる。
週末演奏するんだけれども、上手く出来ればいいなあ…。明日がラスト合わせだ。がんばろう。

少し重めの事を書いてみる

人間は良いのか悪いのか「慣れ」てしまう生き物だと思う。
新しい環境、初めての場所、体験、いろいろあるけれども、いつかそんなものも、「慣れ」て、
最初は珍しくて仕方のなかった世界が、段々と当たり前の世界へと変わっていく。
当たり前になると、余裕ができて、知らなかったことも段々知っていくようになると思う。
そうして、当たり前になれば感動も無くなって、目標とか夢とか、希望とか、段々無くなってきちゃって、
最後の最後にはだんだんつまらなくなっちゃうのかな…いや、本質的にそういうものなのかもしれないけど。

この世界に生を授かったモノの定めとして、1つ絶対に避けられないもの。すなわち死。死であり、無。
やっぱりこの死ぬって事を考えるのはすーごい怖いことだと思うんですよ。実際、まだ18なのにそんなこと考えたら恐ろしくて、自分から停滞することを望むことも少なくない。
少しでも長く生きながらえようとした人間でさえも、残酷な現実に殺され、
早く無へ還りたいと切に願う人間も、生かされているような人間も、もしかしたらいるのかもしれない。
やっぱり将来とか、そういう避けられない事に対して目を向けるのはすごい精神を使うことだし、出来ればそういうのは避けてラクに生きていきたいけど、「避けられないこと」に対して向き合える自分の強さが、必要なんじゃないかなっていう風に最近思っている。もちろんそれが、本当に「避けられないこと」か、判別できるチカラも必要だけどね。
明日おれは死ぬかもしれない。いきなり屋根が落ちたりとか、いきなりクーラーが爆発したりとか、それこそ直下地震が起きたりとか、放火されるかも分からないし、誰かに包丁でぶっ刺されるかもわからないし、もしかしたら足を踏み外して階段から落ちて頭強打して死ぬかも分からない。
そういう、どこまでも不確定な未来、そしていつ終わるかわからないこの世界を前に、今の自分はどうすればいいのかっていう風に考えはたどり着く。
そうすれば、皆答えは1つだけのはずなんですよ。「生を与えられてるうちだけは充実させよう」って。それだけ。
人それぞれ形は違うけれども、けど、全員が自分自身の幸せのための努力をするんだと思う。
ただそのスケールが、目先か、何十年何百年先かっていうのも個人の違い。
ところでねオレ、ゲームって凄い大好きなんですよね。楽しいし、ストーリーや音楽の凝っているものは本当にたまらない。
けど、残念ながらゲームは、おれの中では目先の幸せでしか無い。けど、目先だし、すぐに手に入るからついついそっちにいっちゃう。
ところでねオレ、音楽で飯を食うという目標があるんですよ。けどこれっていつ達成できるかもわからないし、いくら努力しても叶わないかもしれない。スケールがデカいし、キツい。
更に言えば基礎練習とか本当に嫌いだし、ね、音楽家としての心構えなんて、全然だ。世間知らずだし。
けど、こうやって聞かれたら迷わず音楽って答えてしまうと思う。
自分が死ぬ時に、ゲームをたくさんしてたのと、音楽で沢山苦しんだの、どちらが幸せだったか。
多分音楽って答えるんだよな。
だってさそうじゃないすか?聴いてくださる方がいて、自分が演奏できて、苦しんだ分温かい拍手やお言葉を掛けて頂けて、音楽を通じて色んな方と色んなお話ができて…そのために本当に苦しい思いはするけれど、自分の本当に本当に、苦しくても好きなことを達成できた後の思いって絶対に何事にも代えられないかけがえの無い経験や思い出になるんですよね。

そして、昨日。演奏をしてきたのですが、その本番の主役の方から頂いた言葉があって、それがすげー印象に残ってて。
「僕らの音楽は、僕らの命の証明だ」
って。

なんてお返しすればいいのか分からなかったというか。
恥ずかしながら、自分の命や、人生、生命を掛けてこれまで全然音楽してなかったなって痛感させられて
なんだか本当に情けない気持ちになりました。
だから、まだまだ気迫も音圧も、何も足りない演奏になってしまうんだろうな、と、本当に思わされて…。

傲慢に言えば!傲慢に言えば、今までずっと、本当に何もしなくても中途半端に出来てしまったから。
だから、「避けられないこと」に目を向けなくても生きてこれた。
でもこれから先は、絶対そんなんじゃ通用しないな、というか昨日の本番でも、本当の本当に感動させて頂けるような音楽は出来ていなかったのかもしれないと本気で思わされて、本当に情けないというか反省…反省じゃないんだけどその自分の未熟さに呆れました。
浪人してこうしていろんな世界で、いろんな方と関わりを持てて、本当に幸せだとも思っています。

夢と希望と、メリハリを持って…。
そして、自分の命を掛けるような気迫の演奏が出来るようになりたいって、思いました。

もっと、魅力的な人間にもなりたい。これはまあそのまた別の話なんだけれども。

きっとこれから歳を取れば、何でも「慣れ」て、それが当たり前になって、
分からないことが段々分かるようになって、分かるってきっとつまらなくなってきちゃう。
それでも、いつまでも、夢と希望と目標を持って、前向きに努力し続ける人間でありたい。
本当に、また改めて頑張るキッカケを頂けた感じです。
いわしの皆さん、本当にありがとうございました。

そして今日はLRS会。
皆なんか上手いなあ…慣れてるなかでも自分たちと向き合ってる大人女子ばっかで、ほんと、自分の無力さというか情けなさというかそういうの再認識しましたわ。
けど、こういう友達、ライブのお客さんとか友達、家族、とかそういう存在との繋がりに本当に助けられてる。
こういう集まりがあるからそれをキッカケに頑張れてる、ともおれは思う。やっぱり。
気恥ずかしくて全然口に出せないけどもっと普段から皆にありがとうって本当に言いたい。笑
まあ、「好き」と一緒で数言えば伝わるってもんでもないし。なんだかちょっと難しいけど、けど、うん、なんだろう。明日からも頑張れる気がする。いや頑張らなきゃ。自分に向き合って!!タァwけ下先生のね座右の銘というか本質云々って話もやっぱり実現こそ難しいけど正しいとおれは本当に思ってて(ジェネレーションギャップみたいな違和感はたまに感じるけど)…ってまあその誰が何言ってたとかもホントは全然関係なくて、当事者が考えて、当事者の望むままに動く事がやっぱり1番ベストなんだと思うわけでね。誰に何言われようと、自分が正しいと思うこと信じてまた頑張ろうって思いましたわ。

いや、なんかうん、あのーこう浪人生活してるのに、こうやっていつも改めて前向きに頑張ろうって思えるキッカケに沢山出会えて本当に幸せですよ吉尾は。関わってくださる皆さん一人一人が本当に大切な存在だと思っています。とかこんなブログで不特定多数に言っちゃっていいのか←
まーでもあながち間違ってない。本当に幸せなところで生きてると思ってます。
今日ブログに何書こうとしてたのか全然考えずに書いてとりあえず長文になってしまったのでここでおしまい。笑