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徒然音楽日記(新) Saxophone - Yuki Yoshio

日々の活動の記録

忌わし(くな)いロシア系の名前のフランス人に一言「どうしてこんな曲を作ったんだ!!」

多分、傲慢だったのだと思う。だから、全く吹けなかった。
結局、時間をかけていつも通りになったのかもしれないが、しかしこのようなステップを踏むという事を、自分で覚えておきたいと思ったので、記事にしておきたいと思う。

6月に、コンクールに出た。ゴトコフスキーの協奏曲から3楽章を吹いた。
全く満足いく結果が出なかった。
準備期間が短かったという問題(というか言い訳)もあったが、そもそも曲作りの方向性が完全に間違っていたと気づくのには、時間が必要だった。

21になって、サックスを吹き始めて8年目くらいか?
あと4年くらい続けられれば、人生の半分以上サックスを吹いている、と言えるようになるのだが…。
まあ、それより前にピアノも弾いていたし、そういう時間を合わせれば、(別に音大生としては珍しい事でもないが)人生の半分以上クラシック音楽に触れていると言える。

自分は、小、中とピアノと吹奏楽で音楽に触れ、高校、大学と今も音楽を学んでいる。
自分の1番興味がある事、と自信を持って言えるし、それを学べるこの環境があることは本当に幸せだし感謝している。
本当に、後は自分の努力次第の世界だといつも思う。
環境ももちろんだが、やはり行動の原動力は「好き」に依る所が大きいと思う。
だから、いろんな方向から自分も音楽の糧を探すようにしていると思う。そうして、いろんな事を知る。
もちろん、自分が知っている事など、まさに池の中の蛙なんとやらで、まだまだ見えぬ世界と言うのは知りきれないくらいあるのだと思う。

で。
知る、という事は、メリットだと思う。
ただ、知ってしまったら、簡単にそれを疑う事が出来なくなってしまうのだ。
その点の事に、全く気づけずに過ごしていたのだ。

知るタイミングが、悪かったという言い訳もしたい。
とある本で読んだ言葉が、印象に残りすぎてしまったのだ。
それは楽曲の形式に関する本だ。
その中の記述を、自分なりに要約してまとめたい。
ーソナタとは、最も完璧な音楽形式の1つー
ーフーガとは、最も高度な対位法的な楽曲ー
このような記述がある本を読んだ(当時の自分の事を思うと、読んでしまった、とも言えそうだが)。
実際、確かにそうだと思う。ソナタを聴く時にこの知識があるか無いかで、全くクラシック音楽の聴き方は変わる。ただ呆然と聴くだけでも音楽はもちろん楽しいが、しかし内容が分かって聴ければもっと楽しい事は間違いない。

なんというのか、ほんと当時の自分アホやなって思うのだが、作曲家なら誰しも完璧な楽曲形式を求めたがるだろうって思い込んでいて、必死でそんな事をやっていた。全く持ってナンセンスだった。

違う。
作曲家の方々が書こうとしているのは、完璧なソナタやフーガではない。それは方法でしかない。
形式があるから、ルールがあるから、わかる。それだけなのだ。ソナタだから、フーガだから、楽曲の形式が音楽の全てなのではない。そうではないから名曲ではないという訳じゃない。ソナタなら必ず名曲か?そうではない。フーガも然り。

美しい形式を書けるのならその型を破る事だって出来るのだ。意味のある事が書けるのなら、意味の無い事も書けるのだ。必ず、何かがあるという事は、何かが無いという事でもあるのだ。それを見落としていた。

「どうしてこんな曲作ったんだ!!!」

なんというお聞き苦しい言葉でしょう…。

違う、
「どうしてそういう考えしか出来ないんだ、自分よ、もうちょっと頑張れ」

こっちである。全く持って恥ずかしい。

別にいい。
大分遠回りしたが、自分の中で納得する答えは出せた。
すみません、ゴトコフスキーさん。このコンチェルトは全く持って意味不明の曲とばかり思っていました。
だって…記譜法もグッチャグチャだし(それは出版社にも問題がありそうだけど)…っていうか単純にめっちゃくちゃ吹きにくいというか難しいし…何度グレた事か。笑

まだ、自分の中でモヤモヤしている部分はある。それを解決出来ずに、この曲が終わってしまうのは本当に悲しい…。
自分の力がまだまだ及んでなかったという事だろうか、しかし、何かがあるという事は何かを無くさなければならないのですよね、はい。

明日で、ゴトコフスキーの協奏曲はラスト。
また明日が終わったら時間を置いてチャレンジしたいと思う。今度は、もっと自分に納得して。

2016ピアノ発表会

更新頻度が落ち気味だが、充実した夏は過ごしている。
夏らしい事はあんまりしていないが、まあ、練習頑張ってますよという事で…笑

今日は自分が高校入学前からお世話になっているピアノの先生、川島みどり先生のピアノ発表会に出演させていただいた。
ピアノは好きでずっと続けているが、人前で発表出来る機会はほぼ無いので、このような機会が今になってもあるという事は本当に幸せだと思う。

今回は、ラヴェルの「水の戯れ」を演奏した。
このブログでも過去に何度か、(1度?)取り上げたような気がするが、今日の本番があったからである。
こういうときにブログの存在は本当に便利だと思う。この媒体のおかげで、自分は知識を少しずつ蓄えられている所もあると思う。

さて肝心の演奏の方だが、まあ、すごい難曲だった。笑
フランスものは、鮮明も繊細も捨ててはいけなくて、鮮明を欠ければ何を言っているか分からない音楽に、
繊細を欠ければただの耳障りな音楽になりかねない。そのバランスを取る事が本当に難しく、また勉強になった所だと思った。

そして今回は他の演奏者の方の演奏も意識的に聴いた。

そして、自分の今日の演奏を評するなら、「表現を最大限に出そうとしている」
と言えると思った。実際は足りない部分がまだまだ多いのだが、傾向が、、ってことで。

サクソフォンを演奏しているからなのかと疑ってしまいたくなるほど、
自分は音楽表現というものに執拗に、過大に表現しがちな部分があると思った。
んーなんだか少し、自分の演奏に恥を覚えた。。笑

なんだか、今年度の経験や今日の経験は、じんわりと、自分の音楽の向かう方向を変えていっている気がする。
もっと上手くなりたいなあ。

先生、聴いてくださった皆様、ありがとうございましたm(__)m