FC2ブログ

徒然音楽日記(新) Saxophone - Yuki Yoshio

日々の活動の記録

天道ー是か、非かー 終演そしてネタバレ

天道、是か非かが終演した。
ご来場下さった皆様、一緒に演奏してくれた仲間、スタッフとして活躍してくれたみんなに改めて深く感謝したい。

20180608081823073.jpg

この記事では、自分が、コンサートと「天道」をどのように重ね合わせて作っていったかを簡単に書きたい。
この記事は、自分の脳内を完全にアウトプットするものであり、聴衆の皆様のコンサートの感想を著しく湾曲させる可能性がある。
あくまで、音楽、フライヤー、プログラムなど、演奏会に関連する全てのものを「演出」とすることを理想としたコンサートなので、何にこだわりを持っているか、皆様と共有したく敢えてこの記事を書くことにした。

まずこのフライヤー。
フライヤーのデザインに使った背景の絵は、皆様ご存知、ベラスケス「キリストの磔刑」。
17世紀の巨匠である。
この絵を選んだ理由を敢えて言うのならば:
自分は遠くから見たこの絵はとても流麗なタッチで、美しい夢のように見えた。
しかし、近くでよく見れば、他の絵とは比べ物にならないほどの聖痕や釘の痛々しさ、など現実的な大きなギャップを感じた。
かなり詩的な表現であると自覚しているが、まさにこの夢と現実の乖離も天道ー是か、非かーというテーマを連想させた。
このデザインは自分のものであるが、キリストは磔刑の際に、イバラの王冠をかぶることになる。
イバラの象徴というものには様々な意味が込められている。単純な苦痛のためのみならず、あざけりのためであるという考えもあれば、呪いの象徴とも言われ、キリストが呪いを受けることによって民を救ったとの解釈もある。

(キリストの磔刑のきっかけは、以前の記事にも書いた。かなり雑な説明だったと思うが)

この磔刑のきっかけは、プログラムをデザインする際のアイデアに大きく役に立った。
今回プログラムは、基本的には自分でデザインしたが、校正などにご縁あってデザイナーの方にご協力を頂いた。
ef1aline.jpg
これはプログラムの表紙。キリストの磔刑に、自身の感情を大きく示す媒体である日記のフォントに似せた文字をあしらった。

天道、是か非かという言葉の直訳は少し難しく、結局プロヴィデンスという単語を使った。
SNS紹介用に、もう一枚写真をアップしてあり、それはこちら。

ef1aline2.jpg

キリストと関係の深い教会というジャンルの建物を背景に、司馬遷「史記」のエピソードと、当日のプログラムを掲載した。

教会という場所は、呼び出されたものたちという意味合いを持っており、ここで自分は解釈を広げ、「神の言葉を聞きに来た者」という考えでプログラムのデザインをすることになる。

天道、是か非かという言葉は、人間として正しい道を信じるものが救われないことへの嘆きの言葉であるが、
つまりそれは、嘆きであると同時に天童への疑いや疑問というニュアンスを持つことになる。
そこで、初めて「呼び出された者」たちは、自らの意思を持って「考える」ことを始めるのだ。

その答えを追い求める、コンサートに来場した聴衆の皆様はもう体験して頂いたが、このプログラムは、「教会」の天道を真二つに割る(つまり、プログラムをさらに開く)ことによって新たな境地を見いだすことができることとなる。

ef1aline3.jpg

プログラムはこんな感じ。人間誰でも、自分で考え始めたところから何事も面白くなってくると思う。
楽しんで読んでいただけただろうか。


さて実際の演奏会の内容だが、ちょっと失敗したなーと思ったのが、「是」ってのはもう、よっぽどの事がないと本当に面白いものを作り上げるのはめっちゃ大変だという事。
お客様の感想を聞いてみると、割と非の方の評判は良かったのだが、是の方はあまり印象に残っていない様子。
まあ確かに、非の方に、エモーションは偏りがちなコンサートであったが、もう少し是側に我の強い色合いを持ったコンサートにしても良かったのかなとは思う。
これに関しては自分のレパートリーの語彙をもっと柔軟に広く持つ必要があったように感じた。
また、カルテットという演奏形態の曲の演奏の難しさも感じた。
自分自身の感想としてはテナーでこれほどガッツリやるのは初めての経験だったわけだが、それこそテナーという立場もなかなか渋い感覚がした。自分に向いている気もするし、向いていない気もする。笑

ちなみに、曲によって演奏者の立ち位置、並び順が変化している事にはお気づきいただけただろうか。
SATBと並んでいる曲もあれば、STBAと並ぶ曲もあり、スタンドの曲もあれば座りの曲もあり…これに関しては時間の関係で完全な形態で演奏する事は叶わなかったが、楽曲の分析に基づいて、最も曲が面白く聴こえる形態を意識しながら配置した。

今回のメンツ


最初に、まっしゅとデュオをやる話になって、それからコンサートを立案しメンツが揃った。3月上旬くらいだったと思う。
最初にこのメンバーが集まった時菅山は「大喜利メンバーのみで先行き不安」とこぼしていたが、実際合わせ中は笑いに包まれていた。今までにないほどに。笑
そして自分も、彼らに影響されて口癖になり始めた語彙だとか、少しずつ増えてき(てしまっ)た。笑

次はフルメンバーで。の予定。もっと面白いものを作れるようにしたい。

改めて、演奏会に関わってくださった全ての方々に深く感謝したい。

天道 ー キリストと

イエスキリスト関係のエピソードはあまりにも膨大であり、自分の勉強の範疇では追いつかないことだらけだった。
本当に簡略した説明ではあるが、ちょっとした読み物として楽しんでいただければ幸いである。
また、何かお気づきになられた点などがあればコメント、助言を頂きたいと前置く。



天道、是か非かというタイトルを連想させるに一番最初に思い浮かんだ楽曲が、後日初演するLM氏の「聖者と個性びと」という作品であった。
非常に難解な作品ではあるが、演奏することも楽しみにしている。

彼のホームページで、この曲を作曲する際にこのようなことを述べている。

このところ、キリスト映画を立て続けに見たり聖書を読んでよい刺激を受けた。
四つの福音書に限ってもイエスの名言や奇跡の行為満載で唸らされることしきりだったが、実際のところどうなのだろう。失言や奇跡起こしの失敗ひとつなかったのだろうか?
また、いろいろな疾患を治したり、果ては死人を蘇らせたりすら出来たということだが、
知的障害や認知症を治した、という話は福音書には載っていない。
とりわけ、悪人や悪魔を相手にし勝利(?)したことはあっても、個性の強い人(=個性びと)や変わり者を相手にした、とかいう文脈には出会えなかった。
これは大きな問題だと思う。


話は変わるが自分は無宗派の人間で(そうでもないと天道のフライヤーにキリストの磔刑など使えるはずがない)、宗教というものについて深く考えることは、音楽でも絡まない限りそう多くなかった。
なるほど確かに、その観点からキリストのことを考えたことはなかった。

この作品を演奏するにあたって、数少ない悪友小松に話を持ちかけ、この曲を柱とした演奏会を作り上げることになる。
その時に小松が教えてくれた言葉が、「天道、是か非か」なのだった。

彼が何をどこまで考えてこの言葉を発したのかは知らないが、自分はこの言葉でコンサートが成り立つかもしれないことを思い立ち、すぐさま周辺の情報をかき集め、かなり少ない時間で、コンサートの準備を整えたわけである。


なぜ、天道〜という言葉を使ったのか。
それは、フライヤーにしている「磔刑」というイエスの体験と重ね合わせるところにある。

そもそもなぜはりつけにされることになるのか。
キリストが、ユダヤの王を名乗ったという「誤解」が、この悲劇を起こすことになった。
磔刑という刑は、当時でも最も重い罪で、さらにはただ名乗る程度で本来であれば執行されるようなものではない。
それこそ、殺人とかそういうレベルの罪を犯した人間が、執行されるような内容の極刑であるといえよう。
キリストがそのような窮地に立たされるために、実際には他の要素がタイミング悪く重なってしまったこともある。
政治的状況や、キリストの達観した考え(と民衆の幸福観の摩擦・混乱)、弟子の裏切りなどがそれに当たる。

これは、蛇足であるがキリストが磔(はりつけ)にされた際に、ともに2人の罪人も磔にされている。
一人は、最後までキリストをなじり、最後までキリストは無罪であると主張したそうだ。
そして、最後までキリストを擁護した罪人は、その祈りが通じ天国へいったともされている。

つまり、今調べている限りでは、キリストの犯した罪というものは、民衆の不寛容や身勝手が導いた悲劇であると自分は結論づけている。

ナザレのイエス(イエス・キリスト)は様々な奇跡を起こし様々な希望を与えたように、自分は思う。
自らの人生を、誰かに希望を与えることに注力し続け、奇跡を起こしたキリスト。

今気づいたが、キリストは「与える」ことをしても「与えられた」とか、「助けられた」とか、そんなエピソードは知らない。
無いのかもしれない。

様々な人々のために尽くしながらも、磔の刑にさらされてしまった彼の体験と、
先日書いた司馬遷の人生、ここにある種の共通点を見出した。


ここに、天道是か非かとキリストの縦横線が垂直に交わる。


天道2

前回の記事の続き。
前回はこちら。先に読んで頂きたい。(じゃないと全然わからんと思う)

李陵は司馬遷の同期にあたる。

当時中国では内戦が激しく、李陵も帝の命に従い様々な戦地に赴くことになる。
その際に運悪く、圧倒的不利な状況で敵に囲まれた場面があった。
それにも関わらず、少ない兵を率い戦略的な撤退に成功するも、撤退の事実に帝が激怒。
他の重役も帝と同じく強く非難する態度をとったわけだが、司馬遷だけは違う態度をとり、李陵を擁護した。
それも、もちろん司馬遷も重役とはいえ帝には強く言える立場ではない。
慎重に言葉を選びながら李陵を弁護したことであろうが、残念ながらその説得も虚しくその司馬遷にも帝の怒りの矛先は向くことになる。
結果として、司馬遷は投獄され、宮刑に処されることなった。
宮刑というものは、当時より男性にとってもっとも屈辱的な刑とされた。
その刑の内容は、男性である証を切り落とされるというもので、そのような辱めを受けるならば死んだ方がましだと、宮刑を宣告された者はその刑に処される前に自殺する者も多かった。
これをどうにか回避する方法がなかったのかというと、賄賂をまかなうことができれば司馬遷を助け出すことは出来た、と言われるが、
司馬遷は仕事に熱意を傾けすぎたことが災いした。李陵を認めていた一方李陵は司馬遷を救うほどの想いはなかったようだ。
そして、司馬遷の友人にとっても、その賄賂というのはとても支払えるような額ではなかった。
結局、司馬遷は最も屈辱的な刑を受けた。

しかし彼はそれに屈することはなかった。
そう、彼には使命があった。

史記を、完成させなければならない。

彼はその使命だけのために、生きていた。
それからも、彼に降りかかった出来事は災難ばかりだった。
屈辱的なこともたくさん起こった。本当に苦しく、長い道のりだった。

そんな彼が一生を捧げて、命を、魂を削りながら、人道に則り続け、誰かの幸福を願い続け、それでも幸せになりきれなかった。

そんな存在があるという事実が。史実が。
その悲痛で、切実で、力強くも哀しい言葉が。天道是か非かという言葉なのである。

「天の道は特定の人に親しくすることはしない、常に善人の味方である」
果たして本当にそうなのだろうか?

我々もそうなのだ。
もちろん、人それぞれ信じる天道の架け橋は全く違うものだ。
いくら努力をしても報われないこともある。
周りを見れば、努力をしていないように見えている人が良い思いをしていることもたくさんある。
どうして世の中はこうなのだろう、いったい自分は何のために生きているのか。
どの時代に生きても普遍的で、そして心に奥深く突き刺さる問題なのだ。

しかし、それでも、自分が信じているものを、人は信じることをやめることが出来ないのだと思う。
そして、その信じる天道を突き進むことが、幸せなのだと。

司馬遷は確かに不遇の人生だったと思う。
自分に比べるのも申し訳ないくらい、ドラマチックで、暖かく、人間味に溢れた人格者だったとも思う。
どれだけ辛いことがあっても、史記を完成させるという自らの人生の使命を果たすために、懸命に力強く生き続けた。

しかし、どれだけ辛いことがあっても自分自身の希望と意思を持ち続けることが、何よりも生きる力になるのだと。
司馬遷は、その人生と功績を持って我々に伝えてくれたのだろうと、思いを巡らせる。

自分が信じる道を追い求める人は全員、その過程で絶対に辛い思いをしたり、しなくても良い苦労をしたりすることも多いと思う。
自分たちが、この演奏会を催すことで、誰かの悩みを完全に解消できたり、誰かを物理的に幸せにすることは、多分出来ない。
もちろん、最善は尽くすけれど。それでもやはり難しいことだと思う。
でも、我々は良い音楽を追求して、聴衆の皆さんと音楽を共有すること、何らかの形で、音楽という媒体を使って、誰かの役に立ちたいという気持ちを否定することは、絶対に出来ない。

それでも、誰かの幸せのきっかけになることを願って、最後の最後まで、準備をし続けようと思う。

深刻なテーマを持つ演奏会だが、きっと誰かに、何かのメッセージを伝えられるコンサートになると思う。

以上、司馬遷と、天道是か非かという言葉についてでした。

次回は、キリストと天道是か非かのテーマを取り上げられたらと思う。
もうこの記事だけでだいぶん疲れたが。笑

ちなみに、この記事が1744文字。
2記事合わせて3966文字。
司馬遷すごくね?526000だべ。

天道

6月の19日火曜日には、アンサンブル・ファクトリー1a小編成公演「天道ー是か、非かー」というタイトルをつけたコンサートを開催する。

20180608081823073.jpg

このコンサートは、前回のエフのエニグマにスタンスを合わせると、音楽→文学に始まり、音楽→宗教とか、音楽→人生といったような、人間のメンタリティを深く追求するコンサートになっていると思う。
このコンサートを若干20過ぎの人間4人で催すには、経験というものがあまりにも浅すぎるかもしれないが、それでもまあ我々にも色々思うことがあったり、何か実現したかったり叶えたかったり、手に入れたいものだってある。そういう意味で、等身大の表現というか、音楽で自分たちの気持ちを、そして作曲家や司馬遷が残した曲、言葉について楽しんでいただけるきっかけを作れたらと思う。

そろそろ、天道、是か非かという言葉について、自分自身の言葉で説明しておきたい。
ありがたいことに多忙が重なりブログを書く時間を取らずに様々な他のことに集中していたが、やはりブログを書くというのは自分にとって切り離せない、それこそ天道のようなものなのかもしれない。
まだまだ勉強中ゆえ、この説明の根拠がまだ曖昧だったり、もしかしたら解釈の仕方が拡大されていたりする可能性もあるが、そのような点や気づいた点があったら是非ご教示願いたいと前置いて以下に続ける。

まず、この天道、是か非かという言葉を残したのは、中国の歴史作家、司馬遷(しばせん)という人。
紀元前100年前後に生きた人で、その生涯は波乱に溢れ、そして何よりもその人柄は、この時勢になっても多くの人を惹きつける魅力がある。

天道、是か非かという言葉は、その司馬遷最大の功績と称された書物「史記」後半部分の一説にある。
この史記という書物は、司馬遷の若い頃の中国大陸全土の旅で見たものや、体験したこと、そこで得た故事成語がまとめられている。全部で526500字という膨大な数だ。この記事もそこそこの文字数と読む人は感じるかもしれないが、最後にこの記事が全部で何文字になるかというのを書き残しておこうと思う。52万文字というのがどれだけ途方にくれるものなのかを実感していただけると思う。

さて、天道是か非かという言葉は史記の中のどこにでてくるか?
列伝という章の冒頭のストーリーがそれだ。

ここでは、ある兄弟の話が紹介される。
伯夷・叔斉(はくい・しゅくせい)がその人。
この二人は生涯人の道に沿った人格ある道を選び続けた。権力の欲望にとらわれることもなく(この兄弟は王の次男と三男であったが、王の遺言には四男を王とする、という遺言に従おうとした。当時が紀元前といった時代にこのような選択が出来ることは、並大抵のことではないように自分は思う)にも関わらず、人々に理解されることなく(浅い考えで戦に向かう人々を全力で説いたが叶わなかった)、経済的に困難に陥り、やがて山の中で餓死する。しかしそれでも誰を憎むわけでもなく、戦乱の世を恨み、人の命を奪うことをもって良しとすることを絶対に認めなかった。
この史実に対し、司馬遷は以下のように書く。(以下Wikipedia引用)

ある人は言った、「天の道は特定の人だけを親しくするようなことはしない。いつでも善人の味方である」と。伯夷・叔斉のような人は善人というべきものだろうか、そうでないのだろうか。(ふたりは)人徳にかなった行いを積み重ね、清廉潔白な行為を行って、しかも餓死した。それに(孔子の)七十人の弟子の内、仲尼はただ顔淵だけを学問好きな者として推薦した。しかし、回はしばしば経済的に困窮し、粗末な食事さえ満足に取れず、とうとう若死にした。天が善人に報いるとは、いったいどういうことなのか。

さらに、列伝は以下のように続く。

盜蹠は毎日罪のない人を殺して人の肉をなますにして食べ、乱暴で勝手にふるまい、数千人で徒党を組んで、天下の中を暴れまわったが、結局天寿を全うした。これは何の徳によるものだろうか。これはもっとも(矛盾が)はっきりとしている物である。

近世になっても、品行が悪くて道に外れ、もっぱら法で禁止されていることを犯していても、生涯遊び楽しみ裕福な暮らしをし、子孫代々続いていく者、あるいは仕えるべき場所を選んで仕え、言うべきときに発言し、公明正大で、それだけに心を奮い立たせるも、災難に遭うような者は数え切れないほどである。(だから)私はひどく戸惑うのである。もしかすると、世間で言う天の道ははたして正しいのか正しくないのか。


もちろん、文章として言いたいこと、伝えたいことはとてもよくわかる。
ただ、この文章の実際の内容、そして司馬遷自身のメッセージはもっと、悲痛で深刻なものなのだ。
そして、この悲痛な嘆きの裏に読み取れる、司馬遷の波乱万丈の人生、そして不屈の意志に我々は心を震わされる。

司馬遷の人生に目を向けてみよう。

彼は幼少期から勉学に励み、前述の通り20歳のころより中国の様々な場所を旅した。
父の死後には、政府に仕え、太史公という国の歴史を司る(司書的な…?)役職に就くことになる。
とても仕事というものに熱意を持っており、とある手紙には「私的なことは省みず職務に専念し武帝の期待に応える」と書いてある、などの記録も残っている。
この時に、同期という割と近い関係にあった、このエピソードを語る上で忘れてはいけない登場人物がいる。
それは李陵(り りょう)その人。

あー書きたいけど時間が来てしまった。続きはまた今度。