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徒然音楽日記(新) Saxophone - Yuki Yoshio

日々の活動の記録

ブラームス:クラリネットソナタ第1番 op.120-1

 ヨハネス・ブラームスは19世紀ドイツの作曲家。ロマン派時代の作曲家であるが、その作風は一貫して古典的な形式美を尊んでおり、新古典派の作曲家とも称される。

 クラリネットとピアノのためのこのソナタはブラームスの最晩年に書かれた作品の一つで、純粋な器楽作品としては最後のソナタである。この作品の誕生において、ブラームス自身の信条、新たな出会い、そして生涯を通じて交流を持ったシューマン夫妻のことも含め、彼に通ずる全ての要素に触れなければこの作品を完全に説明することは出来ない。
 まず、当時のクラリネットの名手であるミュールフェルトの存在とその出会いについて。
 晩年におけるブラームスは創作意欲の衰えに加え自らの作曲の腕も低迷していることを悟り一旦その筆を置こうとした。それは1890年の夏のことで、彼が弦楽五重奏曲第2番を完成した時期であったが、この頃と同時期に友人であるオイゼビウス・マンディチェフスキーに宛てて手紙を残している。

(引用)「私は、最近、交響曲も含めていろいろと手をつけてみたが、どれもうまく進まない。もう歳をとりすぎたと思うから、骨の折れるようなものはこれ以上書くまいと決心した。私は一生勤勉に働いてきたし、やることはもう十分にしつくしたと思う。今は、人に迷惑をかけずにすむ歳になったのだから、平安を楽しんでもよかろうと考える」(ここまで)

しかし、1891年の夏、マイニンゲンで宮廷管弦楽団の指揮者フリッツ・スタインバッハから首席クラリネット奏者リヒアルド・ミュールフェルドの素晴らしさを教えられ、ブラームスはミュールフェルドを含めて管弦楽団のメンバーと室内楽を楽しんだ。この時の刺激をきっかけとして生まれた作品が、クラリネット五重奏曲、クラリネット三重奏曲と言った弦楽器を含む室内楽曲、そして2つのクラリネットソナタである。

 これらの諸作品は「諦観」という言葉で説明される。ここで「諦観」という言葉に対する注意書きを予め書いておきたい。この言葉の意味は、「本質を見極め、察し、諦めること」である。
 諦観とはもともと、仏教用語で、漢語の「諦」は「真理、道理」を意味する漢字である。諦観を簡単に訳すのであれば、「真理を観る」であるとか「明らかにする」という意味を持つ。しかし仏教において諦める、とはある物事への執着を捨て、悟りを開くことである。
ブラームス自身が最後まで突き通した様々なことにおける信念ーシューマン夫妻への尊敬、また彼らとブラームスの大切な友人たちの死、古典派音楽の語彙への一貫性、ーといったものの本質へ目を向け、まさに言葉通り「悟り、諦めた」という態度が音楽へ静かに昇華される。

 その態度は作品中にも意味あるものとして現れる。クラリネットソナタ第1番の第1楽章に使われるテーマは、彼の作品1であるピアノソナタのテーマを引用しており、これについてブラームスはクララ・シューマンに対し「蛇がしっぽを飲み込んで、輪は閉じられた」と手紙を書きその旋律の存在を作曲者自身が主張する。さらには、このソナタのみならず一連のクラリネット作品にもそのメロディは随所に書かれ、ブラームスがこの旋律に明らかな意識を込めて作曲をしていることを伺うことができる。このメロディの引用元は、バッハの大作であるマタイ受難曲のコラール。受難のコラールとして広く有名な旋律であるが、この旋律の大元はハンス・レオ・ハスラーが作曲した「私の心は千々に乱れ」という恋の歌から取られており、ブラームスが、一生をかけ敬愛したクララ・シューマンへの思い(そしてこの恋の歌は偶然にも「諦め」と共に相手の幸せを願う歌詞が描かれている)を残したのだ。

 この「諦観」のクラリネットソナタは、クララを始めとする様々な友人への敬愛の表現であり、ブラームス自身の作曲の輪を閉じるものである。まさに、古典的で純粋な音楽語法を用いながらも、ブラームスなりの最大の音楽と友人たちへの敬意、自らの心情の吐露、深い教養によって組み上げられた傑作である。

第1楽章 Allegro Appassionato
4分の3拍子、へ短調。ソナタ形式。執拗なほどに受難コラールのテーマを主題労作的に展開するこの楽章は、Allegroという速度記号を持ちながらゆったりとした佇まいを持ち、それでいながら全く隙のない堅牢な楽曲構成を持つ。コーダにはsostenuto e espressivoの指示とともに情熱的な旋律を持ち、晩年のブラームスの、達観した境地を感じさせる曲想を持つ。

第2楽章 Andante un poco adagio
4分の2拍子、変イ長調。三部形式。順次進行を伴う寂しげで優美な旋律線と、跳躍を伴う奥ゆかしくも表情豊かな旋律の見事な融合が魅力的な楽章。中間部には、原調から遠いイ長調へと転調する。単純な旋律線ながらも繊細に移り変わる和声感を楽しまれたい。

第3楽章 Allegretto grazioso
4分の3拍子、変イ長調。三部形式。優しい舞曲風の雰囲気を持ったゆっくりとしたスケルツォ楽章。中間部ではへ短調に転調し、優美ながら物憂げな風景が巧みに描かれる。

第4楽章 Vivace
2分の2拍子、へ長調。ロンド形式。ピアノの快活な鐘のような呼びかけから音楽は広がる。ロンド形式らしく様々な楽節に寄り道をしながらも、技巧的なピアノに魅力的なクラリネットの旋律線のアンサンブルが、高いテンションを紡いでいく。短いコーダを経て、堂々と曲は終わる。

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明日の研究演奏のプログラムノート。
自分史上最も楽器が手元から離れている時期のコンサートとなるが、あえて自分が普段さらっている年代から少し離れたブラームスという作曲家の作品を演奏することは、最初は戸惑いだったが、今の感覚はまさに「輪を閉じた」感覚だ。

ただ残念ながら、気づくのが遅かった。
あと2ヶ月くらい、本腰を入れ続けて準備したかった。
残念ながらそういうクオリティの演奏になってしまうかもしれないが、まあ、学生だから。
気づけたこと、そして明日は失敗していいことが学生の特権だ。いいだろ。
来年からの演奏で絶対に失敗しなければいいだけだ。失敗の数だけ来年からたくさん成功できる。

あと、なんかこうクラリネットのための超名曲をサックスで吹くことに関して、いろいろ思われるところもあるかもしれないが、あんまり自分はそういうのを考えてなくて、とにかく曲の持ってる美しさや楽しさを皆さんと共有できるきっかけになればいいなと思う。
敬意を持って演奏しよう。うんうん。けどまじでブラームスこのソナタかいてくれてありがとう。演奏難しいし何すればいいか分かんないところも多い、けどすーげえ楽しい!