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徒然音楽日記(新) Saxophone - Yuki Yoshio

日々の活動の記録

ベスト

ベストな状態で演奏できることなどほぼ無いだろう。

今日は加須市にてまりもクラブとして演奏。
平川笑作曲 Colorless green notes、加藤昌則作曲 スロヴァキアン・ラプソディを演奏した。最後に合唱団の皆さんとコラボも少々。

ここ数年の演奏では、観客との距離感というものを意識しながら演奏することが増えてきているように思う。

そしてそれを意識する度に、もっと上手くならなければならないと感じる。

ただ同時に今日は、大きな決断をするよりも小さな行動を起こした方が早いことにも気づいた。
タバコの話だ。

私はタバコは吸わないが、今日から禁煙すると決めた人よりも、今日からなんとなく吸わないようにする人の方が、なんとなく禁煙が長続きしそうだし0にたどり着きそうだ、という話。
とはいえこれは私がタバコを吸わないからこのような事が言えるのかもしれない。
しかし同時に、明日から基礎練をたくさんやることよりも、今日基礎練を少しやった方が伸びはゆっくりでも確実な気がする、というのと同じようなものだと思う。


Colorless green notes、めちゃくちゃ良い曲だった。
現代的なテイストの作品であるが作曲者の穏やかな人柄から生み出される魅力的な旋律や和声のラインなど、女流作曲家ならではの表現もたくさんあり、とても演奏していて楽しかった。そう遠くないうちにWebにもアップしたいねとも話している。(私は是非皆さんにも聴いていただきたい!)
この曲はBbクラリネット、アルトサクソフォーンとピアノのための組曲で、4つの曲からなる。
1では断片テーマからつむぎ出される様々な変容の音楽。
2はクラリネットとサクソフォンの前衛的な響きが支配するデュオ。
3ではミニマルミュージックの様式を利用した瑞々しいリズミックな音楽。
4では近代音楽語法と時間なき拍節の融合とでも言おうか、様々な意味で難しかったが、とても美しい作品。

スロヴァキアンラプソディは言わずもがなの有名な作品であろう。(眠くなってかきたくなくなっただけ)

最近



練習に編曲に合わせに色々とやっているつもりだ。

明日は栗橋にて本番を頂いている。
スロヴァキアン・ラプソディを大竹くんと、同期・平川笑(えみ)のクラリネットとサクソフォン、ピアノのためのトリオを演奏する。

ブログ、書きたいは書きたいがいざ書くとそんなにかけることが無いなと思う。ブログに書けば積み重なるが人に話せば消えていく。そんな気がした。

忘れたくないことはブログに書いて人に見せて、言おう。そしたら、言えるし、忘れても思い出せる。

音楽とは

今日は授業発表でプーランクのクラリネットソナタを演奏した。
もちろんものすごい難しく、普段合わせの時に出来ていたことが全然出来ていなかったり、普段よりも何気なく気にする余裕もない所の音が色々と聴こえてきたり、なんだか奇妙な感覚だった。

授業後は小岩へ赴き、EFからカルテットで演奏。
考えてみると、演奏会での活動は活発に行うが、聴いてくださる方との距離の近いコンサートは今まで少なかったと感じる。

EFの後に、春よ来いに向けてブラームスを合わせ。
これまたなんと難しい曲であろうか。ただ演奏は楽しい。



最近難しいなと思うのが、音楽を表現しようとすればするほど、その表現意欲と実際の音楽のバランスというか、安易に何か言葉にしようとすると平気で音楽が崩れていく、ということだ。
もちろん、セッティングに左右されて出る音色の性格というのもあるかもしれない。
ここ数日リガチャーをハリソンのPGPにしており、音色そのものや響き自体は気に入らない訳では無いのだが、音楽には全くフィットしない感覚があり、良い音が必ずしも良い音楽を生む訳では無いし、良い音楽をしている時に必ず良い音が出ているという図が成り立つ訳では無いのかもしれないと思った。
音色の理想としては、常に楽器を鳴らすことや、音を響かせることに意識を向ける場合が多いが、必ずしも楽器が鳴っていて音が響いていれば良い音なのかと言うとそうでもないのかもしれない。
もちろん、今書いていることは音色の一例に過ぎず、実際にシュミレーションする際にはさらにリアリティのある音色選びをしていく必要があると考えている。

プーランクのクラリネット



プーランクのクラリネットソナタ。
来週の授業発表でアルトで演奏する。

難しい作品だが、アグレッシブでしかし繊細でフランスらしい雰囲気が心地よい名曲だと思う。

もしかしたら今日、現在師事している林田祐和先生のレッスンが最後だったかもしれない。
かもしれない、というのは文字通りなのだが、しかしもうあとは自分で自分のレッスンが出来るようにしなければならないという小さな決意も含んでいる。

卒試のプログラムノート

20181214 卒試プログラムノート 吉尾悠希
Jan Van Landeghem : 3pieces for Alto Saxophone and Piano
Tetsuji Emura : INTEXTERIUR IX
Ingolf Dahl : Concerto for Alto Saxophone and Band

『3 つの小品』はベルギーの若手作曲家、ジャン・ヴァン・ランデゲムによる 2014 年の作品で、アドルフ・サックス国際コンクールの 2 次課題として書かれた。様々なリズムが 3 曲に通して使われており、3 つの小品と独立を意識させるが、全体を通して様式的統一感を見出すことができる。
第1曲 - Klaxo-phone。8 分の 8 拍子で、基本的な拍子のリズムはランダムかつ不平等に 3 分割される。第 1 曲のサイズも 3:2:3 の比率を持つ A-B-A の形式となっており、中間部にドラマチックなカデンツァを挟んだ技巧的な小品。
第2曲 - Holy-phone。16 分の 35 拍子を 5 等分した 7 拍子または 7 等分した 5 拍子の、動きの少ない祈りが静かに歌われる。中間部には動的で技巧的な音型がピアノ、サクソフォンともに掛け合い、激しい転調と共に、瑞々しいすっきりとした響きの中に溢れでるようなエネルギーに満ち溢れている。
第3曲 - Poly-phone。急速な 8 分の 20 拍子と 8 分の 30 拍子を行き来しながら曲は進んでいく。全曲中で最もポリリズムが明確、かつ複雑に書かれている。

続いて演奏する『インテクステリア IX』は江村哲二の作品。1960 年、兵庫県生まれ、ほぼ独学で作曲を学び、1989 年より様々な作品が作曲賞を受賞、1990 年より 1995 年の間に本日演奏する「インテクステリア」シリーズ作品などの傑作群を生み出し、2007 年には作品集 CD「地平線のクオリア」でアカデミー現代音楽賞を獲得、まさにこれから後世に残る傑作が生まれると誰もが信じたその年に、膵臓がんによりこの世を去ってしまった。47 歳だった。この作品はサクソフォン奏者、斎藤貴志の委嘱により作曲された。「インテクステリア」は江村による造語で、<無秩序が生み
出す秩序>といった哲学的な概念を言葉に表したもので、「インテリア」(室内装飾)「エクステリア」(外観、外面)が組み合わさった言葉。曲は、1つの概念に対し混沌とした要素が入り混じるよう構築されており、例えばテンポという概念に対しては、・in tempo(音楽的)・n”(時間的)・ARQP(演奏者にとって最速の速度で)という要素が混沌と入り混じるなど、それが同じように強弱、音高を始めとする音楽の基本的な概念を様々な要素で作り上げて行く。混沌を構築するという面において他に類を見ない、現代的な器楽作品として傑作の1つになりうる作品といえよう。

最後に演奏する『サクソフォン協奏曲』の作曲家、インゴルフ・ダールはドイツに生まれアメリカで没した作曲家。没した場所がアメリカであったためにアメリカの作曲家として認知されているが、彼の感性が大きく育まれた幼少、青年の時代はドイツで過ごしていた点を鑑みると、ドイツの文化を持った作曲家であると判断するのが適当であろう。サクソフォーンとバンドのための協奏曲は 1948 年、シグールド・ラッシャーの委嘱により作曲が始められ、1949 年に初演、1953 年には再演のために改訂が、さらに 1959 年にも改訂が行われ、現在我々が演奏し鑑賞する機会の多い版はこの最新のものとなっている。1949 年版においては楽曲は2楽章(現在(後述)の、1,2 楽章-3 楽章と分割されていた)構成で、30 分もの演奏時間がかかる大作となっている。しかし再演とともに改訂が進み、本日演奏する版は第1楽章を分割し3楽章構成となり演奏時間は約 20 分程度と縮小されていく。しかしそれでもこの作品はスケール、音楽的内容をはじめとするサクソフォンの可能性開拓において、多大なる貢献をした作品と言えるだろう。
第1楽章-Recitative。叙唱を意味するこの楽章はサクソフォンを歌曲的に取り扱い、バンドとのアンサンブルの距離感を巧みに変化させることで、叙唱のみならず詠唱的な側面や、協奏的な側面も覗かせる、自由な序奏。
第2楽章-passacalia。サクソフォンがバンドの提示する主題を情緒的に展開していく。
第3楽章-Rondo alla marcia。ロンド形式によるフィナーレで、バンドが提示する主題に対し様々な曲想をサクソフォンが展開していく。最後に技巧的なカデンツァを挟み、急速なフィナーレを経て曲の幕は閉じる。




プログラムノートというのは不思議なもので、逆に文字数を抑えることに苦労するものだ。
上記の文章が何文字だったか忘れたが、書きたいことを少なめに書いたら2500文字程度になり、たしかそこから半分くらいまで削った記憶がある。

文字数の制約がある中で、過不足なく曲の情報を聴衆に文字で伝えるのも、演奏と同じくらい難しいがこれはこれでまた面白い。

今年はプロセスを楽しむ人間になります

2019年が始まった。一週間ほど前に…。

今年は、新たな生活が始まることもあり色々と目標があるが、ざっくりと人に大声で言っておきたい目標は、「プロセスを楽しむ」だ。

自分が一生音楽で生きていけるように、という言葉は、簡単に受け取れば食いはぐれないような収入を得続けることのように捉えたくなる。
もちろんそれも正しいのだが、それ以上に、音楽を仕事にしていることを誰よりも幸せであることを改めて実感しながら生活できるようにしたいと思っている。

何のために、誰のために、音楽をするのかを見失わないように。