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徒然音楽日記(新) Saxophone - Yuki Yoshio

日々の活動の記録

バッハのシャコンヌ(学祭1日目、10-101,14:15頃)

J.S.バッハの、無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番 BWV1004は、西洋音楽史上における最高傑作として名高いヴァイオリンソロのための音楽である。
特にその中でも、第5曲目にあたる「シャコンヌ」は他に類を見ない超一級品の極上の音楽と言えるものであり、ヴァイオリニストのみに飽き足らず多くの人々を虜にした音楽といえよう。
この音楽を、日本を代表する作曲家である伊藤康英氏がサクソフォン四重奏の形態に編曲をした。

自分なりにであるが、この曲に対する印象を踏まえながら曲目の解説をしたい。
いつも通り、内容に責任は負えない。
一応、勉強している身であるし、自分の推測で書いている部分も少なくない。
あくまで一つの読み物として楽しんでほしい。



バッハはご存知の方も多いかと思うが、1685年に生まれ1750年に没した、ドイツの作曲家。
それまでの西洋音楽史上での音楽語法を集大成した存在(Wikipediaの文なんですけど、すごい良い表現ですよね)といえる作曲家であり、このバッハの生きた時代をいわゆるクラシック音楽の世界では「バロック時代」と呼ばれる。
バロックという言葉には「歪んだ真珠」という意味付けがなされており、これは西洋美術の様式との関連から主張される。この詳しい話はまた別の記事に書きたいと思う。
バッハに話を戻し、自分の印象を付け足すのなら、それまでの音楽語法を集大成することに飽き足らず、かなり意欲的で前衛的な書法も試みていた作曲家だと思う。

この曲の作曲時期は、バッハにとって俗にケーテン時代と呼ばれる時期に書かれた曲であり、原題は「無伴奏ヴァイオリンのための独創曲 第1巻」である。
その楽譜の表紙には「ヨハン・セバスチャン・バッハ 1720年」と続く。この頃にバッハは、アンハルト=ケーテンの宮廷楽長に就任していた。
勉強不足でお恥ずかしいのだが(誰か詳しい方教えてください)、この頃、バッハには宗教曲を書く義務が全く(?)与えられず、バッハの重要な器楽作品の大半はこの時代に書かれている。

バッハという作曲家は、無意味な題名をつけないと言われる。
というのも、例えばこの「無伴奏ヴァイオリンのための独創曲」に関しても、既存の形式枠に収める事を尊んだ作品であるソナタは厳格な協会ソナタ形式を持っているし、新たな形式に対する興味を作品に示したパルティータは、比較的当時から自由な形式を持っていた。

さて、シャコンヌの話に戻そう。
実は、正式なバッハのシャコンヌ作品というのは、この作品しか存在しない。
ほかにも作品があるという説があるが、いずれも贋作作品であるとか、紛失されてしまったといういわく付きのものであるため、純粋なシャコンヌは1004番の5曲目のみと言える。

シャコンヌという楽曲形式は、低音部の同型反復(オスティナートという)をテーマとした、変奏曲であり、もともとの起源はスペイン、時は16世紀というふうに言われている。

シャコンヌはテーマから変奏までが絶え間なく続くものが基本とされているがバッハのそれは、音楽的な枠を大きく捉えると転調を根拠にする三部形式ととることもでき、ただ既存の額縁に芸術という絵を収めることに満足しない、バッハらしい意欲を感じることが出来る。
しかし、バッハが2重の作品様式を持たせた音楽というのは、他にはあまり無い印象を受ける(あったら教えてください)。
つまり、バッハはこのシャコンヌに対してのなんらかのこだわりを持っていたのではないかと個人的に推測する。
そもそも、何故この無伴奏ヴァイオリンのパルティータにシャコンヌを加えたのか?他の楽器では駄目だったのか?

その答えはバッハの一人目の妻であるマリア・バルバラの死であると推測される。
この論はそれほど目新しい意見ではないから、別に分かりきっていることを書くことに意味など無いのかもしれない。しかし、自分にとって、それこそ言葉に出来ないような感傷に浸ってしまう部分があり、だからこそこのように作品の解説という名目で長長と文章を書いてしまうのだ。

このシャコンヌには死という重いテーマを切り離して論じることは出来ない。
無伴奏という作品形態は孤独そのもの(取り残されたバッハ)を我々に感じさせるし、シャコンヌの反復は、表面に見えるものがどのようになっても、本質は変わらないーマリアへの愛は変わらないーというメッセージのように思えてならない。
さらに言えば三部形式と、最後のd-moll。
d-mollという調性はバロック時代の作曲家、マッテゾンによれば「信仰深い」と表現する折があり、神であるとか、運命だとか、そのような人には及ぶことの出来ない境遇の表現に適しているとも言える(が、この意見は若干厳しい。実際はd-mollの方がヴァイオリンの演奏に適しているというような事情も感じる)。
そして、最後の最後まで全く救われない、重く、重厚で、絶望的な音楽でありながらも、その音楽はどこまでも真摯で、最高の手向けとも言えるものであるのだ。


実際のサクソフォン四重奏編曲版は、ヴァイオリンの原譜に忠実というわけではなく、サクソフォンの華やかな部分を効果的に聴かせられるように書かれている。
演奏のコンセプトも、普段のサックスのイメージとは少し違うものを目指してみた。
明後日、学園祭の中で演奏する。

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