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徒然音楽日記(新) Saxophone - Yuki Yoshio

日々の活動の記録

卒試

卒業試験を終えた。

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頼もしき同期たちと。

管楽器は14日に終えたが、他の同期たちは今日だったり、明日だったり、明後日だったりする。
まだ大声をあげてやったーとかいうのは控えようと思うが(しかも確かに開放感はあるが演奏はかなり反省だらけ)、ひとまずどうにか演奏を終えられたことをありがたく思いたい。

本来であれば卒業試験というものはものすごくパワーが入るものであるべきで、例えば今までの音楽人生の全てを賭けます!くらいのパワーがあって良いものだと思うのだが、残念ながらそこまでの力を込めて演奏する意味を感じられなかったのが正直な感覚、感想であった。

全力で演奏する、というのは、全力で準備することなのだと思った。
当然のことだが、意外に盲点だと思う。
よく、試験前の時期になると普段あまり練習しない人々が練習室をこぞって使うようになり必死に練習している様子を見かけるが、余計なお世話ながらそれで上手い演奏が出来るのならば誰も苦労しないしこの世の中はめちゃくちゃ豊かだ。
何故そんな皮肉めいたことを書くのかというと、まさに自分の卒業試験の演奏はこのようなものだったからだ。

全力をかけて準備した日がたった1週間程度で、その中で出来ることなど限られているわけだし、人に向けて何かを伝えるような準備など出来るわけもないのだ。
結局、その場その場をしのぐようなことは出来ても、一生の目線で続けられるようなことは何も手に入らないような演奏だったと思う。

これは結構真理なんじゃないか?と傲慢ながら思っていて、
今後私が音楽家として生きていく上で、一度一度の本番をもちろん成功させるために生きていくわけだが、
その一度一度の本番を成功させるために一番大切なことは、本番から最も遠い時間の時にも、形のない舞台のために、形のない人の幸せを願って練習が続けられるのか?ということだと思う。
このバランスが崩れるほどに本番や、自分のキャパシティを超えたイベントや曲が並ぶとメンタルのバランスは崩壊するし、毎日何かを続けるということも出来なくなる。

自分が一生かけて、追い求められるものは何か?
自分が一生かけて、人に対し社会に対し貢献できる事は何か?

話は大きいが、これらのミッションを追求できるように毎日行動を起こし続けることで、自分自身の幸せをも探せるのかなとも思う。



正直、それほど面白い大学生活ではなかった。
本番を重ねるたびに、自分自身の演奏に自信がなくなり、感性は乏しくなり、人の演奏を真正面から受け取れるような人格も失われ、その中でも自分自身が演奏の技術を磨き続けることに、大学の授業を受けることに、何の意味があるのか、何故生きるのか、何度も自問し、そしてその度に答えは見つからず苦しい思いを続けた。

周りには優秀な仲間がたくさんいた。しかし誰もが何かを悩んでいる。
歳若くして自分の夢を叶え、夢を叶えたにも関わらず苦しみながら、自分の健康をも蝕みながら仕事をする者、周りの優秀な人間と比較され続け自分への自信を失いながらも練習に励む者、自分の演奏の価値、自分が音楽家として生きる意味を見失いながら生きる者、代わり映えしない日々の中で、自分の楽しみをも失った者。

そんな彼らと我々の悩みをぶつけ合い、生きていければよかったのかもしれない。でも、それも器用に出来なかった。

だた、そんな不器用さを自分自身が持っていることを知ったこと、それを知った故に、意外に仲間はたくさんいることにも気づいた。



今回は、私の演奏したい曲、私の限界を超えるという目標で挑んだこのプログラムだった。
ランデゲムでは私自身の音楽の技術を、江村作品では彼へのオマージュとして、私の音楽哲学の追求を、ダールの作品では自分自身の音楽への感性を試すように、全ての作品に対して、自分の像に対して大きなテーマが伴うプログラムになった。
全く人の幸せを考えない、(自分でいうのもアレだが)ストイックなプログラムだったと思う。
もう二度とこのような曲の組み合わせは生まれないと思う。生まれて欲しくもないと思う。

自分の演奏で、自分自信を否定したかったのかもしれない。
その中には今までに上手くいかなかったこともきっと意味があると信じたかったり、自分の中にある弱味やネガティブの払拭などもあるかもしれない。



音楽は、追われるものでなく追い求めるもの。
この言葉は大学生の時にずっと思っていたが、卒試から解放されて、改めてこの言葉の大切さを噛み締める。
ただ音楽のことを考え、自分の理想の音楽を追求できる幸せを深く感じる。
ただ純粋に良い音色を求めただ純粋に良い音楽を追い求める。

そこから外れるような大きすぎる壁も、時には必要なのかもしれない。
ただ、少しバランスが悪い生活だったとも感じる。



これから先、何かをしようとする度にきっと、本当にこれで良いのだろうかと立ち止まり悩むだろう。
自分の力の無さを嘆き全てをほおり投げたくなるのかもしれない。
それでも、と言い続けて、自分の様々な理想や目標、ミッションを追求し続けられればいいなと思う。

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